環境貢献によってCSR(企業の社会的責任)を果たしていくことを目的に、さまざまな事業を展開している環境保護印刷推進協議会では、6月26日(水)午後、令和元年度定時総会の併催行事として記念講演会を開催し、「中小企業にとっての[SDGs]〜経営への実装とその取り組み〜」と題して、先進的な印刷会社で実行されているSDGsの基本的な考え方と導入の仕方を勉強しました。
この記念講演会は、CSR活動の土台ともなるSDGs(国連が採択している持続可能な開発目標)をテーマに、環境問題に関連した小冊子の刊行、広報ポスターの制作、パブリシティなどをおこなってきた諸活動の一環として企画したものです。会場となった東京・一ツ橋の「日本教育会館」第5会議室には、会員企業ならびに印刷関係者ら約70名の方々に参加していただきました。
講師には、早くからSDGsに取り組んできた最先端の印刷会社として知られる㈱大川印刷 (本社・横浜市、第2回ジャパンSDGsアワードSDGsパートナーシップ賞受賞会社)の代表取締役社長・大川哲郎氏をお招きし、「中小企業にとってSDGsは本当に有効なのか?」を切り口に、SGDsはどんな意味をもつのかをはじめ、経営への導入の仕方から実際の取り組み方、具体的な成果、さらに正しく進めていくうえでの留意点など、核心をついた有意義なお話を聴くことができました。
「SDGsを実際に動かすのは社員であり、共感を得ていないと決して動かせない。社長の号令だけでは難しい。また、他社の事例をマネすれば達成できるというものでもない。どうやって環境経営に落とし込んで社会に貢献していくか。それには、社内外の人たちとパートナーシップを組んでおこなっていくことが重要になる」と前置きして始まった大川講師の講演。その要旨は次のとおりです。
<文責編集部>
講演要旨
「なぜ今SDGsなのか?」。それは世界と日本のあらゆる領域で激変がおこり、いずれも危機的状況にあるからで、全てが避けて通れない重大な問題となっている。SDGsとは、世界が抱えているこれらの状況を変革するために、国連が2030年までを見通して採択した「持続可能な開発のための2030アジェンダ」のことで、17分野の開発目標(ゴール)と169項目に及ぶ取り組むべき課題(ターゲット)からなっている。我々を取り巻く環境(課題)と開発(発展)を統合させた国際的な目標であり、今や世界の潮流といえるだろう。その特徴は①普遍性②包摂性③統合性④多様性の4点に集約されるが、なかでも③については経済と社会、そして環境の統合を意味している。
日本政府の基本的な考え方をみると、とくに「中小企業における取り組みの強化」を重視している。中小企業がSDGsの推進役として大きな貢献度をもつと期待されているからだ。中小企業は長い間、顧客が抱える課題の解決(ソリューション)に協力してきたという立場にある。中小企業が圧倒的に多い印刷会社として考えておくべきは、①これまで自社がどのようにSDGsに関係してきたか、②これからどのように貢献していけるか――であろう。環境貢献をはじめ自社として何の課題に取り組んでいくか、ゴールに向けてどうように推進していくか。激変のビジネス環境のなかで実際に経営計画を立てるとき、2030年までの全世界の共通の目標にしたがっていけば、間違いはなくぶれることもない。
民間企業では、CSR(企業の社会的責任)という社会的要請と、本業というビジネス上の必要性の、双方の流れが相まってSDGsの取り組みが加速化している。サプライチェーンを構成してもらっている得意先企業がSDGsに取り組んでいないと、自社も目標を達成できないし、その逆も当然そうなる。パートナーシップがいかに大切かが理解できるだろう。
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当社では、自社の社会的使命を「Social Printing Company (社会的印刷会社)」と位置づけて、ゼロカーボンプリントの展開などさまざまな活動をおこなっている。CSRからSDGsへの流れともなっているが、人権問題など根源的な課題に踏み込んだ目標を掲げ、覚悟をもってやっている。環境問題は実は人権に関わる問題であり、決して加害者にならないように考えていかなければならない。このとき、社員が行動しやすい方向を、経営者が強い思いで後方から支えていくことが不可欠となる。若い人は、仕事を通じて社会や環境にどう貢献していきたいかをつねに考えているので、それに応えてやる必要がある。
「SDGsは儲からない」といわれるが、「SDGsをやる」ことは手段であり、その目的は「ゴールの達成」であるべきだ。具体的な行動としてのCSR活動がきちんとできていなければ、SDGsにはとても取り組めない。CSRはSDGsに取り組むための「ライセンス」であり、SDGsは「本業を通じたCSR」を実践するための神聖な「メニューブック」と考えるとよい。表面的なかたちだけのSGDsでは逆に信頼が失われてしまう。社会や地域が抱えているあらゆる課題を本業を通じて解決することで、必要とされる企業となることができる。すべての得意先、取引先とも連携しやすい関係が生まれる。
印刷会社は受注産業であるのに、発注してもらえない、受注できない。製造業なのにつくらせてもらえないといった切実な現実がある。「自社は何者だ」と自問したとき、「モノづくりの前にコトづくり」と気がついた。コトづくりが前提にあってこそモノづくりにつなげることができる。印刷会社はこのように自社の事業を再定義する必要があるだろう。
当社では、コトづくりのためにCSRやSDGsに取り組んできたといえる。ゴールをめざしながら地域や社会に貢献するために、あらゆるネットワークを生かしていくことが、会社の使命だと思っている。
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SDGsに関する経営計画は、社員の全員参加によるボトムアップ型で策定してきた。プロジェクトチームやワークショップなどのかたちで9年間実行してきたが、“やらされ感”を払拭しながら参画意識の強いかたちで活動できてきたと思う。環境対応面ではカーボンオフセット、Non-VOCインキ、森林認証紙、太陽光発電、再生可能エネルギーの導入、石油使用量の削減など、幾つもの成果をあげることができた。作業環境が大幅に改善され、社員からも「働きやすくなった」と好評を得ている。社員が安全に働けているかどうかが基本であることがよくわかる。
当社のような地域に生きる中小企業がSDGsに取り組む意義は、①社員が元気になる②人に愛される③人の役にたつ④人に褒められる⑤必要とされる――などのポイントが、SDGsにたくさん詰まっていることにある。もっとも効果があるのは社員が成長したことである。子育て中のママさん社員がSDGsに突き動かされる理由として話してくれた言葉「2030年そして2050年の未来、不幸で生きにくい世界であっては決してならない、という強い気持が行動の原動力となっている」を紹介しておきたい。
SDGsは「余裕があるからやれる」のではなく、「余裕がないからこそやれる」ものであることを強調したい。どうしたら企業の優位性を発揮できるのか、業績をよくできるのかを考えれば、必然的に「余裕がないからこそSDGsに取り組むべきだ」ということになる。実際に、高齢者が使いやすい4か国語版の「おくすり手帳」を制作し、各国の大使館を訪問して一部受注に成功したのをはじめ、幅広い市場分野で上場会社を含む国内企業から新規の受注を数多く獲得できた。
「信頼される企業であるために」をめざして、全社員参加のもと各界関係者を招いた「SDGs報告会」を定期的に開催している。自社を取り巻くステークホルダーに対して、取り組んでいる意義と成果をどう発信するかが、非常に重要だと考えている。この報告会もオープンに実施している。印刷会社としてこの種のイベントが開催できるという貴重な成功体験にもなっている。
地域における活動事例として、企業が緩やかに集って環境問題を実感し合う「川でつながるSDGs交流会」も主宰しているが、パートナーシップを構築できるのはもちろん、行動することの大切さを意識できる絶好の機会となっている。SDGsについて「考える人」でなく「行動する人」になっていただいている。いわば「SDGsアクティビスト」の輩出につながっていけばよいと考えている。こうしたモデルが全国に水平展開され、各地におけるSDGs推進のきっかけになることを願っている。
最後に、私たちはいったい何をめざしているのか?それは、一人ひとりが自分にできる「世界平和」に向けて行動していくことではないだろうか。それこそ中小企業が求められる「リアルSDGs」であると思う。環境保護もその一つであり、究極的には平和や人権の問題に他ならない。
日本にある421万社のうち中小企業は実に99.7%を占めている。そのような中小企業の力が集まれば非常に大きなものになる。印刷会社もいたずらに競合するのではなく、お互いにパートナーシップを築かなければならない時代が来ている。SDGsのような共通の目的に向かって一緒に取り組んでいく方法を考え、共に推進していくことが重要だ。ノウハウを共有することで仕事の分配も可能になるだろう。