環境保護印刷推進協議会では6月27日(水)午後、東京・神田小川町の明治大学「紫紺館」で開催した平成30年度定時総会の記念行事として、「企業にとって『自然保護』『生物多様性保全』の推進とは」をテーマとした勉強会を併催した。会員企業ならびに印刷関係者ら約70名が聴講し、有識者から標題の講演を聴くとともに、企業の社会的責任を果たす際には、より根源的な問題である自然保護や生物多様性の保全にまで視野を掘り下げて、総意のもとに取り組んでいくことがいかに重要かを学びました。
今回の勉強会は、当協議会が掲げている「サステナブル社会の実現に参画することによって、印刷会社としての社会的責任を果たす」との基本理念に沿って企画しました。これまで実施してきた特別講演会やクリオネセミナーの趣旨とは若干切り口を変え、環境貢献の企業姿勢を訴えるブランディング活動、CSR活動を実のあるものにするには、現代社会が等しく抱えている課題についても知る必要があるとの判断で開催したものです。
当日は、公益財団法人・日本自然保護協会から経営企画部副部長である道家哲平氏(国際自然保護連合日本委員会事務局長)、ならびに同部の大野正人氏(自然のちから推進室プログラムオフィサー)を講師にお招きし、同協会の実際の活動内容、自然保護活動がもつ意義、企業との具体的な連携事例に続いて、①生物多様性とは、②企業の責任と貢献とは、③最近話題の持続可能な開発目標(SDGs)とは何か――など、示唆に富む有意義な話を縦横に展開していただきました。
両講師の講演要旨は以下のとおりです。
<文責編集部>
自然保護について<大野正人氏>
日本自然保護協会は「自然のちからで明日をひらく」をビジョンに、美しく豊かな自然に囲まれて笑顔で生活できる社会の構築に貢献するために、「自然保護活動による社会的活動の成功例を示せる環境NGOになる」ことをめざして、日々努力している。当たり前にある自然が失われることなく、これからも当たり前であるように、①絶滅危惧種とその生息地の保全、②自然を活かした地域づくり、③自然との触れ合いの機会や自然の守り手の拡大――を活動の三本柱にしている。
自然保護の概念は、①保存②保全③回復/緩和からなる。自然による恵みをつねにより豊かに保ちながら、そのバランスを崩さず、高度に活用し、さらに、豊かな状態のまま次の世代に伝え残すことを目標としている。
例えば、群馬県のみなかみ町で展開している赤谷プロジェクトでは、①老朽化した治山ダムを撤去して、自然の川の流れを取り戻す、②増えすぎたスギやカラマツの人工林を、多様な動植物を育む自然の森に戻していく、③絶滅の危惧にあるイヌワシの生息環境を向上させる――といった活動をおこなっている。赤谷の森の自然の恵みを地域づくりや環境教育に生かすべく、地元に人たちとともにさまざまなイベントなどを開催している。
また、自然保護に賛同する各企業と積極的に連携することで、その効果を上げている。実際に事例も多い。企業と連携することにより「環境貢献の最先端」をめざす近道が見出せる。かつてNGOと企業は監視・批判と敵対的行動が目についていたが、今は対話と連携により共に力を合わせて問題を解決する関係になっている。問題や課題が深刻化、複雑化する一方で、自然保護に対する意識の高まり、法制度の整備などが進んだことが、理由として挙げられる。
企業側のメリットとしては、企業評価、ブランド価値、信頼性の向上、リスクマネジメント、事業へのヒント、人材育成、売上や利益の向上などが考えられる。これに対してNGO側のメリットには、企業ノウハウの活用、認知度や信頼性の向上、支援者、資金の獲得、人材育成、活動の拡大などがある。お互いの強みを活かし、違いを武器にしながら、連携の度合いを深めていきたい。
生物多様性について<道家哲平氏>
環境マネジメントに関する国際標準規格ISO14001の改正で、環境イコール生物多様性とみなされた。たんなる環境汚染の予防から持続可能な資源の利用、気候変動対策、生物多様性の保全へと、環境の概念が拡大した。環境パフォーマンスを重視すること、ライフサイクル思考をとり入れること、リスクと機会の特定など戦略的な管理をおこなうことが、環境マネジメントで当たり前に取り組むべきテーマとなった。
これを受け、生物多様性とは何かを改めてみてみると、「全ての生物の間の変異性」をいうものとされている。これには種内、種間、生態系のあらゆる多様性が含まれている。同一の生物種の個体相互間、生物種相互間、生態系相互間における相違の多様性という意味である。
私たちが日頃享受している自然の恵みこそ、生態系に起因するサービスである。衣食住、医療、文化・教育、産業・経済などと並んで、暮らしを支えてくれる環境も生態系サービスのお陰である。だからこそ、自然の多様性に注目してほしい。自然と生物多様性が指し示す実態は同じであり、私たち人間を含む関係性、つながりの多様性を可能にしてくれる。企業に限らず、私たちの社会は生物多様性がもたらす恩恵に依存し、逆に、何らかのかたちで悪影響を与えている。誠実な企業であっても、何かしらの悪影響を与えているのかも知れない。
「変異性」が重要であることに関して、あまり知られていない意味がある。生物多様性には「変わる力」が伴っていることである。変わる力とは、環境の変化に適応し、安定的に生存していく力のことである。地域の歴史のなかでつくり出された多様な生き物と多様なつながりが保たれていることは、未来の変化に適応できる力を備えているという意味である。地域の自然を守ることが地域の未来にとって非常に重要なのである。
多様性豊かな社会を残していくことが私たちの責任だと痛感する。変わる力を守ることは、人による利用、与えられる恵みの多様性、安定性を確保できることにつながる。もしも、これが叶わなかったら、人びとの幸福や次世代、合わせて次のビジネスの可能性を奪う結果になるだろう。
国連が問題提起した「持続可能な開発目標」(SDGs)は、貧困に終止符を打ち地球を保護し、全ての人が平和と豊かさを享受できるようにするために、普遍的な行動を呼び掛けている。17項目の具体的な目標を掲げており、そのなかには働き甲斐のある経済成長、つくる責任・使う責任、海や陸の豊かさ、安全な水、エネルギー節減、気候変動など、経済人にとって直接関係する項目も数多く含まれている。自然を土台に社会が成り立ち、その上に経済や生産性があるという事実を意識する必要がある。
生物多様性を守るためには、リスクと機会が相対することを知ってほしい。例えば、枯渇・コスト・規制という調達リスクには資源確保、訴訟・遅延という汚染・損失リスクには円滑なビジネスや技術革新、ブランド・投資という評判リスクには顧客や支援者の確保といった機会がある。印刷分野に関しても例外ではなく、環境対応を前面に立てて仕事をおこなってほしい。
ちなみに、悪気はないが結果として生物多様性にとってリスクになってしまう事例がある。例えば“悪い植林”という活動がある。①雑木林を伐採して植林、②樹種の地域性を無視して植林、③外来種を使って法面緑化、④植えたまま管理せず放置――することである。
企業による生物多様性へのアプローチをどう考えたらいいのだろうか。株主に価値を与える活動と社会に価値を与える活動をタテヨコの二軸とするマトリックスにしたとき、両方にプラスをもたらす活動として「生物多様性のためのビジネス/市場創出」が考えられる。差別化利益の構築にもっとも効果があるからだ。従来考えられてきた慈善事業、管理(コスト・リスク・影響緩和)、それらのベースになる法令遵守との垣根はどんどん曖昧になってきている。
アプローチ方法も多様化しており、①環境マネジメントの一環、②社会教育や福利厚生、③コンセプト付製品の販売、④経費削減による余剰資金の保全活動への提供、⑤収益の拡大+社員の社会貢献+知名度向上+製品販促、⑥NGO活動の広報協力+社内理解向上+コンテンツ充実――など実に幅広い。最低ラインである法令・法定・環境規制の遵守から始め、自社の生物多様性に対するインパクト分析(操業リスクと関連)と対策、さらに生物多様性への依存度分析(調達リスクと対策)、貢献する企業としてのソリューション(マーケティング機会や各種リスクヘッジ)の提供へとステップアップしてほしい。